会員投稿  投稿「・・・娘からのメール」によせて  寺山光廣 記

日に日に陽射しが強くなって、雪の下からさまざまな苔の新鮮な緑が現われています。

a0354024_07474490.jpg2月19日、このブログに「・・・娘からのメール」(会員投稿)がありました。

http://karuizawa9.exblog.jp/22492158/

若い方がご自分の言葉で綴られた率直なご指摘には、私たちが考えなければならないいくつかの課題が含まれていて、とても参考になります。ありがとうございます。


地元での地道な活動、地味なアプローチでは、「祭り」の爆発的なエネルギーを持ち得ないで来た事は、ご指摘のとおりです。集まればいつも同じ顔ぶれでうなづき合っています。表に出ても暗いジジババスタイルでぞろぞろ。「とりあえず参加しちゃお」という誘引力が感じられない事は確かです。もう半世紀近く前になりますが、20歳の頃の私も上の世代、とくに「左翼」と言われる人達に対して同じように感じていました。若い世代で集まって「祭り」を創り出し、それなりの盛り上がりを経験しました。そして厳しい「祭りの後」をも、それは一人一人が日常の暮らしの中で引き受けなければなりませんでした。30歳で都会を離れ、軽井沢に住んで38年になります。


「祭り」のすばらしさは「思い」をストレートに表現できることですね。一つの「思い」が伝わるというだけではなく、それぞれが自分の「思い」を表現してもいいんだと感じる「空間」に飛び込める事。そこから爆発的なエネルギーが生まれるのでしょう。「だれの子どもも殺させない」という「思い」のほとばしりに、年齢を超えた多くの人が胸を熱くしたと思います。


この半年、仕事に追われる中でなんとか多くの人と直接話をしようと努めてきました。特に、政治に無関心な人、安保法制が必要だと考える人とも話すようにしてきました。安倍首相の政治姿勢を象徴する「日本会議の武道館一万人大会」が昨秋ありました。そこに出席した帰りの高揚した気持ちそのままの人と、じっくり話した時に強く感じたことがあります。日本を取り巻く国際関係や国内の状況を様々な視点から考えて、国の安全を軍事力強化に頼る事の無謀さを説き、その人を論破する事はできます。しかし、論破されても彼はけっして納得してはいません。彼には「愛する人を守りたい」という強固な「思い」が残っています。軍事力では守れないという論理と、攻めてこられたら戦って守るという思いがぶつかるばかりです。


「だれの子どもも殺させない」と「愛する人を守りたい」という二つの思いは、意外に近いものではないでしょうか。一人の人にとっても、平和で安定した世の中であれば前者が強く、殺伐とした不安定な世の中になれば後者に傾くかもしれません。あるいは、1発の銃声、流された一人の血によって、多くの人々の思いは一気に後者に流れて行くかもしれません。歴史を学ぶと、「思い」の不安定さ、とりわけ同調してゆく思いのうねりの怖さを知ります。


私が子供の頃、母か祖母だったか忘れましたが、曾祖父がいつもだいじにしていた言葉を教わりました。

「学而不思則罔、思而不学則殆」 学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし) 

だんだんと年寄り臭い話になってしまいましたが、事実年寄りですので勘弁して下さい。いろんな人と話す中でも、過去の社会の意識変化を歴史の中でたどっていても、思いだけではあやういなということを強く感じます。地味~な学習や地道~な話し合いと、「思い」の明るく楽しい表出との間を行き来する回路を、軽井沢9条の会で作りたいですね。


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by karuizawa9 | 2016-02-25 17:24 | 会員投稿 | Comments(0)