「 輝く9条 No.69 」

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by karuizawa9 | 2018-07-30 14:07 | Comments(0)

a0354024_20461532.jpg私の父と母は信州の軽井沢と小諸出身で、父は満州のジャムスで放送局に勤務していました。昭和205月(終戦の4か月前)に父に赤紙が来て1週間後に父は出征しました。捕虜となった父はシベリアに抑留されました。


終戦になり、母と1歳の兄そして母のお腹で5カ月の私は、父の職場の家族の人たちとジャムスからハルビンに逃避行していました。途中、現地の人の家にお手伝いに行っていた時「幼い子供を連れて行くのは可哀相なので私に預けなさい」と何度も言われたそうです。昭和2010月に兄は栄養失調で死亡し12月に私が生まれました。母が小さな私を連れて帰国したのは1年半後で、父に会えたのは3年後でした。


今は、父も母も他界して国際情勢も変わっていますが、私の生まれた故郷を訪問してみたいと思い、201468歳の秋に出生地中国黒竜江省ハルビンを富士国際旅行社の「中国東北部平和と交流の旅」ツアーに参加しました。ハルビンは美しい街並み、親切な人々、おいしい食事で暮らしてもいいと思うくらいです。見学した所をいくつか紹介します。


日本はハルビンで731部隊に代表される数々の蛮行を行った。731部隊を調べている中国人の研究者は、日本政府が資料を提供してくれないので、アメリカの公文書公開資料を集めて参考にしていると言っていた。中国には戦争遺構を保存した記念館が多数あり若い女性で日本語が上手な人が案内してくれる。

 ウィキペディア 「731部隊」 下線部をクリックすると当該ページに移動します。


開拓団の逃避行の中で方正(ほうまさ)県に集まり、寒さや栄養失調で約4500人が死亡した。中国政府は日本人の墓を整備してくれた。その墓は反日の過激派から守るため、全体を囲ってあって自由に入ることが出来ないが、私たちは見学することができた。


残留孤児2人と養父母1人と食事をしながら懇談した。養父母が言うには日本に帰国した人で、日本になじめず体調を崩した人もいると心配していた。また親族が判明したが身元引受人になってもらえず、日本に帰国できない孤児もいるとのこと。


旧満鉄本社見学の時、中国人の現地案内人が「我々と日本人はとてもうまくやっている。日本の会社200社以上が中国に進出している。悪いのは習近平と安倍晋三の2人で、自己保身のためマスコミ、民衆を煽っているのだ」と言っていたのが印象的でした。


今、日本は戦後70年の平和な時代から憲法9条を改悪して戦争できる国になろうとしている。戦争に参加すれば一般市民が殺される。そして次々と私が見て聞いてきた戦争遺構以上の悲惨な状況が再現される。指導者は一番安全なところに座って生きているのである。

(写真は私が生まれたあたりに建つホテル)


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by karuizawa9 | 2016-03-14 07:38 | Comments(0)