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このブログに、安倍首相の軍事戦略「セキュリティー・ダイヤモンド構想」について書いてから、はや一月半が経ってしまいました。その間に、オーストラリアの潜水艦建造受注失敗や、インドが米軍の南シナ海軍事戦略に距離を置くなど、いくつかの変化が見られました。一方では中国側にも、南シナ海のフィリピンよりに新たな埋め立てを計画している可能性や、経済・言論弾圧・タックスヘイブン関与などの流動的な国内情勢があります。6月の講演会に備えて、沖縄から見る西太平洋軍事状況を考えてみたいと思います。


セキュリティー・ダイヤモンド構想の目的は、中国の軍事的封じ込めです。その背景には、中国が進めている「一帯一路」があります。「一帯」はユーラシア大陸横断の交流ルート、陸のシルクロードです。ロシアを通ってヨーロッパへとつなぐ北回りルート。中央アジアからヨーロッパへの南回りルート。もう一つ、東南アジアへと延びる三つの大動脈を構想しています。中国からイランへは、すでに貨物列車を走らせる試みが行われました。


もう一つの「一路」とは、東シナ海から南シナ海、マラッカ海峡などを通ってインド洋、中東とアフリカへと進む海のシルクロードです。上海協力機構が安全保障同盟をも含むのに対して、「一帯一路」構想はアジアインフラ投資銀行などともに、各国の経済発展、協力と交流をはかるもので、それ自体が軍事的同盟関係や領域の覇権を狙ったものではありません。しかし、そのルート周辺の政治的・軍事的な安定は必要条件です。経済交流が進むほど、貿易に依存することになりますから、ルートの安全確保が、国家の利害問題になってきます。この点は、日本がこれまで主張してきた「シーレーン」と重なるものです。ルート周辺が友好国ばかりではない場合、古い言い方をするなら「主権線」を越えて「利益線」の防衛ということになります。


この意識は、戦前の日本が朝鮮・中国侵略で言い立てた「我が国の生命線」という主張と一致するものです。共存共栄を旗印にした経済交流ですが、資源と市場の獲得競争のなかで利害がぶつかり合います。各国の国力が均等ではなく、経済交流で得られる利益も均等にならないことが起きるのは、歴史が示す通りです。国益を力で保証することになります。戦後のマーシャルプランとコメコン体制の対立が再来するかのごとく、アジア重視を唱えたオバマによるTPPを軸としたアメリカ中心の太平洋経済圏と中国中心の新しいユーラシア経済圏の接触点が東・東南アジアで、そこで軍事的にも地域覇権がぶつかることになります。TPPがグローバル資本による資源略奪と市場支配であるなら、中国は国家資本で同じことをするのではないかという懸念をもたせています。日本、韓国、台湾、フィリピン、ベトナムなど、接触線上の国は利益線だけではなく中国との主権線(国境)問題を抱えていて、それぞれの「国益」を複雑にしています。


このような背景下で、南シナ海における中国の軍事的進出も問題ですが、より大きな危険性をはらんでいるのが朝鮮半島と台湾です。尖閣や南シナ海の小さな島の取り合いではなく、国家そのものの存亡の問題ですから、ひとたび衝突が起きれば容易には収まりません。西太平洋のおける米中日の軍事戦略もそれを中心に構想されていると考えるべきでしょう。とりわけ、台湾をめぐる軍事的衝突を想定して、沖縄の米軍再編、自衛隊の強化、辺野古新基地建設の流れを見る必要がありそうです。


台湾を巡って米中の軍事的衝突が起きた場合、全面戦争・核戦争に発展する可能性を封じる核抑止・相互確証破壊が働き、双方ともに限定戦争の筋書きをとることになるでしょう。中国の中距離ミサイルが飛んでくる日本の米軍基地は壊滅的打撃を最初に受けます。米軍が想定するエア・シー・バトル戦略では、緒戦の損害を減らすために米軍はひとまずグアム・ハワイの第2列島線まで退却して、制空権を回復してから再び九州〜フィリピンの第1列島線奪回をはかるとされています。太平洋戦争時なら、それだけで何ヶ月もかかる戦略ですが、現在は一週間程度の攻防と想定しているようです。もちろん、その間に沖縄はミサイル攻撃で壊滅的状況になります。


こんな勝手な戦略がスムースに行くとは限りませんし、それが起きる確立は決して高いものではないでしょう。しかし、様々な可能性を想定して多様な戦略がシミュレーションされ、それに応じた準備がなされるのが軍事構想です。辺野古が当初の普天間飛行場移設から、新しい機能を持つ新基地建設に変わり、強襲揚陸艦が着岸できる軍港機能を加えたこともその一つです。さらに、自衛隊との共用を目指していますが、米軍の指揮下に入る自衛隊は戦争では最初の捨て石、基地の島沖縄全体が捨て石であり、それは海のむこうから戦争を制御するオフショア・コントロールという米軍の考えそのものです。


このような想定は、いくつもある可能性の中の一つでしょう。日本本土が戦場になるという想定も図上演習が行われていますが、その場合は米中全面戦争に発展する可能性がより大きくなりますので、双方がそれを望まないという前提で想定されていると考えられますし、逆に米軍は中国本土、特に太平洋岸の先進地域を攻撃しないという前提で戦争のシナリオと終結がはかられると言われています。いずれにしても米国は、戦場となる沖縄、日本のためではなく、自国の国益にそって戦略を立てることになります。


私たちは子どものころから、日本は資源が少なく貿易が重要だと教えられてきました。高度成長と人口増加の時代がとっくに終わっているにもかかわらず、その意識は抜けていません。「後進国」と言われた国々も、当然日本人と同じような暮らしをしたいと思い、自国の経済を高めようとします。それらの国からたくさんの資源を輸入し、大量の商品を売ろうとすれば、必ず軋轢を生じるでしょう。日本は過去も現在も貿易大国ではなく、貿易依存度は決して高くありません。国内の消費人口も労働人口もますます減少していくことはあきらかですので、経済構造を省資源・少量高品質高価値生産に切り替えて、本当に望まれるものだけを生産する方向に切り替えていくことです。それが健全な労働環境と健康的な生活環境を生み出し、利害が衝突しない対外関係につながり、最大の安全保障となるでしょう。


すっかり長話になりましたが、最後に沖縄のおかれている軍事的状況について、参院選にオール沖縄候補として出馬予定の伊波洋一さんの講演録画をご覧いただければと思います。全5本に分かれていますが、最初の主催者挨拶は省略し、2本目から下にリンクさせておきます。(一本の録画を見終わると自動的に次ぎにつながります)

第二部 https://www.youtube.com/watch?v=uutT-6Eua3o

第三部 https://www.youtube.com/watch?v=rguUI-mq_3k

第四部 https://www.youtube.com/watch?v=yRKtdurdbXE

第五部 https://www.youtube.com/watch?v=FxFTJBo698M  三上智恵監督との対談と質疑


今回書いた内容は、昨年の安保法制成立時までの状況で考えましたが、その後、トランプ候補の動きを見ていると米軍に対するネオコンの影響力に変化があるのではないか、中東でのサウジやイスラエルなどの親米国に大きな変化がおきそうなこと、TPPも「一帯一路」もその原動力となる資本が大きく動揺する可能性など、状況は日々変化しているように見えます。


by karuizawa9 | 2016-05-04 18:29 | 会員投稿 | Comments(0)

a0354024_08254197.jpg昨日、軽井沢9条の会例会で「水島朝穂さんに学ぶ緊急事態条項」を担当しました。充分にこなれていない話になってしまい、夜間にもかかわらず、おいでいただいた皆様には申し訳なかったと思います。何とか時間をやりくりして、数十時間を事前学習にあてましたが、水島さんが数十年にわたって研究してきた内容をちょっと舐めてみたぐらいで消化できるわけもありません。会場で配ったテキストをもう一度読んでいただいた方が、ご理解いただけると思います。このサイトには、水島さんの過去の文章が「バックナンバー」に収蔵されていますので、憲法問題に関する必要なテーマを学ぶ材料としておすすめです。


このブログ3/22の記事「だまされる方も悪い」をなんどか、読み返しました。「まったくそのとおりだなあ」という同感と同時に、このように出発点に(ここでは憲法前文と9条)に戻って考え直してみようという気持ちに、私も数年に一度なります。毎日ではないところがいいかげんですね。東電原発事故の直後には、多くの人が「安全神話」にだまされていたことを、怒りとともに自省しました。ちょうど2年前に自分のブログで、「ほんとうにだまされたのですか?・・ 」と書きました。どうも、日本の社会はだまされていた方が楽に生きられます。


そこに取り上げた伊丹万作さんの文章 

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html は敗戦1年後、亡くなる直前に書かれたものです。だまされることの構造と罪の内容について、今もその問いかけは生きていると思います。死を目前に感じながら、自分の過去を否定的に検証することはつらい作業でしょう。誰しも、いい人生だったと思いたいところです。


伊丹さんは戦争中の自分の「思い」を相対視しています。危機的な状況が進行する中で、自分の思いは正しく、まわりが間違った方向に進んでいると考えがちです。しかし、放射能の問題や安保法制の問題を、反対側にいる人たちと話して感じることですが、向こう側の人たちもそれぞれ自分の「思い」を正しいとし、だいじにしていることです。さまざまな「思い」を理解するためには、あらゆることに囚われない自由な想像力が必要です。そのさまざまな思いを、互いにぶつかり合うことなく開花させるための交通整理の術を探るために、たくさんの努力をついやして学ぶのではないでしょうか。


by karuizawa9 | 2016-04-17 07:42 | 会員投稿 | Comments(6)

a0354024_08110240.jpg3月14日に掲載された会員投稿記事「生まれ故郷 ハルピンへの旅に、731部隊のことが書かれています。明治維新以後に日本がアジア諸国で犯した暴虐はたくさんあります。負の歴史を出来れば国民は見たくありませんし、政府は積極的に隠そうとします。とりわけその中でも「従軍慰安婦」「南京虐殺」とともに、無かった事にしたい歴史が「731部隊」です。先日も、731部隊の被害関係者が日本での集会に出席するために上海に集まったのですが、入国ビザが理由を開示されないまま発給されず、裁判が起きています。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/293310 会員以外でも3分間のハイライト動画は見られます。


ベトナム戦争に反対していた頃、化学兵器・生物兵器の問題からだったでしょうか、731部隊の事はうすうす知っていました。その後、調査でよく利用した千葉県の宿舎の管理人が731部隊の生き残りと知り、遠い地の昔の話ではない事を感じます。森村誠一著「悪魔の飽食」が出て、人体実験の事が広く知られる前の事です。部隊長である石井軍医中将は千葉県の出身で、秘密保持のために必要だったのでしょう、故郷から多くの人を部隊のスタッフにしたと言われていて、管理人はその一人だったのかもしれません。。軽井沢の友人で子供の頃、731部隊の責任者 石井中将の家族を知っていて、戦後すぐに石井部隊長が占領軍将校相手に行っていた怪しげな旅館の話を聞いたこともあります。負の歴史を語りたがる人は少ないため気づかないままに過ごしていますが、特に調べて回ったわけでもなくても、ただ意識しているだけで案外身近に関係するものごとを見出します。


若いころ、母親の手術に必要な輸血を集めるために、親戚の何人かとブラッドバンク(ミドリ十字)に行ったことがありました。現在のように、日赤の献血ではなく、民間の血液銀行に出向いて「預血」するシステムと、「売血」によって輸血用血液が供給されていました。売血で集められた血液は、「黄色い血」と呼ばれ、血を売って暮らしている人の血は採りすぎでうすい上に肝炎の危険が高いものでした。ミドリ十字は、731部隊の重要メンバーであった内藤良一軍医中佐らによって作られ、国策で行われた売血制度によって利益を得て成長した企業です。暴力団が絡んでいたり、肝炎対策がなされていなかったために多くの被害者を生みますが、1964年にライシャワー大使刺傷事件が起きるまで改善の動きは大きくなりませんでした。65年頃、高校の生徒会で行った「日赤の献血」協力が、私にとって最初の社会運動でした。ミドリ十字はその後も血液製剤を作り続けて、薬害エイズ事件を引き起こします。信州沖縄塾の創立にともにかかわったメンバーの一人も、その被害者でした。


「悪魔の飽食」が出版された当時も、負の歴史を修正しようとする勢力からバッシングが起きました。歴史を改竄しようとする動きは、戦争を出来る国にする動きと連動しています。教科書問題で日本会議や文科省に見られるような中央の大きな動きばかりではなく、身近なところでも被害を受けた国の人々から負の歴史を指摘されたくないという気持ちが、嫌韓嫌中意識になって、猛々しい対立感情に結びつきます。軽井沢の歴史同好会に加わっていますが、歴史愛好者の間でもその傾向は強く、アジア侵略は西洋列強の植民地支配から脱するために必要だったという言葉が出てきます。中国の進出に対抗する軍事同盟必要論につながっていきます。


歴史を改竄したいという気持ちは、自分や自国の罪を認めたくないという情緒的な反応に基づいていますので、歴史を装っていても事実を直視しません。しばらく議論すると感情的な反応だけが残ります。どこかできちんとその連鎖を断ち切らないと、さらに被害者を生み出す事につながります。憲法問題や大きな政治の流れの学習と並行して、身近な歴史の掘り起こしや我々の意識の検証が、言葉を磨き地域社会で説得力を持つためには不可欠だと、荒井さんの記事を読んで感じました。


近年、多くの関連書籍が出ています。私が読んだのは「悪魔の飽食」以後は、ちょっと古いですが

常石敬一著 「七三一部隊  生物兵器犯罪の真実」

青木冨貴子著 「731」



by karuizawa9 | 2016-03-26 08:29 | 会員投稿 | Comments(7)

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「だますよりだまされる方がいい」夫がよく言っていた言葉だ。


私もそう思っていた。私たちは、その点では似たもの夫婦だった。


だが、今の私は少し違う。「だまされるのもよくない」と思うようになった。


それは安倍首相のおかげだ。


初めて彼が首相になった時、私は直感的に大きな不安を覚えた。


その後、あんな無責任な辞め方をし、再び政権の座に返り咲いた時からその思いはますます強くなり、今では恐怖心さえ抱いている。かつてここまで酷い政権があっただろうか。このまま行ったら日本は再び破滅の道をたどることになるのではないか、とすら思っている。


安倍政権に対する危惧は数限りないが、私にとって一番許しがたいのは、「憲法無視」の姿勢である。


「国のかたち」である憲法。一人一人の人権を大切にし守るために、国家権力者の暴走を縛っている憲法。とりわけ日本の憲法は、先の大戦の痛切な反省から生まれた世界の範たるものだ。格調高く崇高な内容の前文は、いつ読んでも感動で胸がふるえる。


「・・・・日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・・・われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。・・・・」


一国の憲法というより、世界がめざすべき普遍的な道を指し示しているし、混迷する現代社会に於いてますます輝きを増しているではないか。私は他の国の憲法を知らないが、想像するにこんなにも素晴らしい理念を表した憲法が他にあるだろうか、と思う。


「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達することを誓ふ。」と結んでいるが、これは世界に向けた日本国民の「誓い」なのだ。


この憲法を制定した時、国民は世界に向かって高らかに「宣言」した。国家の名誉にかけて。この誓いを具体化したのが「第9条」だと私は思う。だからこそ世界は日本を信頼してくれた。70年もの間平和と繁栄を築いてきたのは「9条」があったからこそ、と日本に対して羨望のまなざしさえ抱いてきたのだ。


それを安倍政権は一気に崩そうとしている。ごまかしと詭弁をくり返しながら。口先だけで耳障りのいい言葉を並べ、いたずらに中国や北朝鮮の脅威をあおりながら、勝手に憲法の解釈を変え、憲法違反の法律まで制定した。挙げ句の果てには、ほかにもたくさんある違反状態を解消するために、憲法の条文まで変えようとしている。もうメチャクチャとしか言いようがない。普通の先進国ではあり得ないことが、今の日本では次々に起きているのだ。それなのに国民はどうして怒らないのだろうか。もちろん、若者や学者、弁護士、ママの会、9条の会等、声を上げ行動している人達もいっぱいいるし、私もそうした動きにはできるだけ参加している。だが、まだまだ圧倒的多数とまではなっていない。それは何故か。いつも思うのだが「だまされている」のではないか。そして、だまされていることすら気づいていないのではないか。多様な意見に耳を貸さずに、ある考えに固執する。あるいは何も考えようとしない。知ろうともしない。


私たち夫婦もずいぶんだまされてきた。だまされてわかったのだ。だまされないようにすることも、また大切なのだと。そのためには、まずは事実を「知る」ことだ。そして自分の頭で「考える」ことしかないのではないかと思っている。そうした努力をせずにだまされたとしても、ある意味しかたがないと思う。だから冒頭に言ったように「だまされる方も悪い。」と、思うようになった。アベさんのおかげです。



by karuizawa9 | 2016-03-22 08:06 | 会員投稿 | Comments(0)

昨年の安保法制反対運動では、法制の内容や実際にどのように使われるのかという問題が国会で議論されました。しかし、国会前の反対運動ではむしろ、法案の根底にある集団自衛権の違憲性と非民主主義的手続きの問題が中心になりました。その事自体は立憲主義・法による統治を守る上でとても重要なことで、市民運動の中心課題になるのは当然ですが、一方では、安保法制が必要だ、集団自衛権で国民の安全を守らなければならないと考える人々に対する説得力のある論理を形成できなかったと思っています。


集団自衛権イコール日米同盟強化という視点でのみ語られていたと感じましたが、はたして日米関係だけがねらいなのでしょうか。アメリカの西太平洋軍事戦略を見ると、エアシーバトル構想にしても、オフショア・コントロールにしても、むしろ直接的な米中対決を避ける、あるいは限定的衝突におさえる方向と思われます。議会の政府答弁ではたえず、米軍と自衛隊の共同行動が強調されていましたが、米軍の手先論、肩代わり論、米国は日本を見捨てる論など、さまざまな想定が国会外では語られています。


アメリカと中国の軍事戦略が語られることが多いわりに、日本政府はどう考えているのかが見えていない気がします。もちろん在外邦人の救助のためにだけ安保法制が作られたはずはありません。はたして、安倍政権はどのような軍事戦略を持っているのか、あまり報道もされず、議論にもなっていませんが、安倍晋三氏が首相再任直前に書いたと思われる「セキュリティー・ダイアモンド構想」という論文があります。国内向けに語られた構想ではなく、原文は英文です。関係する諸外国に向けて書かれたメッセージと言えます。


http://ameblo.jp/et-eo/entry-11791992597.html (原文、和訳、動画が掲載されています)(このサイトを含めて、紹介しているのはほとんどが安倍構想を賞賛する側からの発信ですので、一部差別的な表現が含まれます。)


集団自衛権は日米同盟にとどまらず、中国封じ込めを目的に、韓国、フィリピン、ベトナム、オーストラリア、インドまでをも考えているということです。東アジア、東南アジア諸国には、日本軍の侵略・植民地政策の記憶が強く残っていて、日本との軍事同盟、自衛隊の進出に対する嫌悪感があります。同時に、東南アジアには中国の進出に対する警戒心も強く、国民感情と国防政策の間にジレンマがあると思われます。米軍が直接的関与を弱める方向を見て、地域軍事同盟の要望は高まるでしょう。既にフィリピンとは基地使用などの関係が進み、オーストラリアとは潜水艦製造など、関係強化が進んでいます。


こんな状況の中で、今年は天皇皇后のフィリピン訪問が行われました。戦争を反省し平和を願う親善強化と歓迎する論調が多いのですが、同時にフィリピン国民の中にある「日本軍」に対するアレルギー解消という副次的効果については語られていません。国内における発言と違い、外国での言動は、ご本人の意図とは別に、その及ぼす効果、結果を冷静に見る必要があります。


今後、出来ればこのサイトで、米中日の西太平洋軍事戦略の、過去から現在への変化を追ってみたいと思います。軍事を理解することによって、軍事によらない平和構築の方向性を考える一助にと願います。


by karuizawa9 | 2016-03-20 08:36 | 会員投稿 | Comments(3)

a0354024_08282029.jpg安倍首相はかねてから日本国憲法を「みっともない憲法」と卑しめてきました。戦後すぐに占領軍によって押し付けられたという点だけではなく、内容が「美しい日本」(強い日本)にふさわしくないと思っているようです。憲法の平和主義、9条の精神については、1946年1月24日、マッカーサーと会談した幣原喜重郎首相の方から提案されたと言われています。

 幣原喜重郎  以下、下線部分をクリックすると、当該サイトに移動します


敗戦から半年も経たないこの頃、日本側も占領軍も短期間に複雑な体制変革に取り組んでいましたので、憲法制定の経緯は丁寧な歴史発掘と解析を必要とします。押し付けられたからみっともないとか、日本側からの提案だったから良いと、単純に判断することは出来ません。新しい憲法が当時の国会で半年あまりの審議をへて、最終的には衆議院で圧倒的多数で議決されています。その間に、女性の参政権が認められた新しい選挙制度の下で、総選挙が行われ、国民の意思が国会に反影されるようになっています。制定後の国民の対応を見ても、ひじょうに高く支持された憲法の制定であったことは間違いなさそうです。嫌々押し付けられたものではありませんでした。

  国会図書館「日本国憲法の誕生」 


軽井沢町塩沢に移築された「浄月庵」をご存知と思います。町の観光案内などでは「有島武郎終焉の・・・」と紹介されています。作家が情死(心中自殺)した家が観光資源になるというのも、考えて見ればおかしな話です。憲法を考える人々の間では、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの両親が、戦争中に住んでいた家ということで注目されています。ウクライナ出身の世界的なピアニストだった父親レオ・シロタさんは、戦前東京音楽学校(現東京芸大)でピアノを教えていて、46年春まで多くの外国人とともに軽井沢に移住させられていました。その家が、当時は三笠にあった浄月庵だったことを、軽井沢を訪れたベアテさんが証言しています。

 軽井沢高原文庫 

ベアテさんは、新しい憲法の占領軍側草案に「男女平等」を盛り込んだことで知られています。当時22歳の通訳だった女性が、憲法草案の策定にかかわったこと自体が異例の抜擢だったでしょうが、その能力・知識・経験をふりかえると、これほどふさわしい人選は奇跡のようにも感じられます。

 2007年、ベアテさんの講演メモ 

 2008年5月8日 ベアテさんを囲むパネルディスカッション動画(10編連続)


憲法制定過程では、「男女平等」について日本側はとても嫌がっていたようです。平等意識は占領軍によって、しかもその中のたった一人の若い女性に「押し付けられた」「みっともない」ものなのでしょうか。ベアテさん自身は、その経緯が平等に逆行する勢力に利用されることを恐れて、自分の関わりを長い間伏せていました。今も平等に反する意識や制度と闘わなければならない状態は残っています。自民党改憲草案にも、家族観などに危険な意識の復活が意図されています。



by karuizawa9 | 2016-03-13 08:28 | 会員投稿 | Comments(1)

a0354024_06000806.jpg「だれの子どもも殺させない」と「愛する人を守りたい」という、安保法制反対・賛成双方の「思い」について2度の投稿で考えてきました。今回の安保法制では「集団自衛権」が問題になりましたが、そもそも日本国憲法には「自衛権」という条項も言葉もありません。安倍政権は最近、解釈改憲から明文改憲へと踏み出す発言を繰り返していますが、現憲法下で自衛権はどのように考えられているのか、復習してみたいと思います。これまで長い間9条の会で活動されてきた皆様には、今さら新参者が何を?と思われるかもしれませんが、私自身の確認作業をお許し下さい。


国連憲章との関係はとりあえずおいて、憲法との関係について考えてみます。9条の条文はシンプルなもので、そこからだけでは、武力を持って自衛する権利があると解釈するのは困難です。武力による自衛権を合憲とする考えは、多くが「第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」を根拠にしているようです。もう一つの根拠として、憲法前文から「国民の平和的生存権」が挙げられています。


参考/防衛省「憲法と自衛権」 http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/seisaku/kihon02.html


13条の文章には国民の権利を、立法・国政が最大の「尊重を必要とする」と抽象的に書かれているだけで、国民の権利を武力によって守れ、と書いてあるわけではありません。ここも解釈の余地が大きくあるところでしょう。少し長くなりますが、憲法の前文を掲載します。


 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


ここには「平和的生存権」について、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と書かれています。どうも、政府や防衛省の解釈はつまみ食いとこじつけの感じがします。ちょっと古いのですが、伊藤真さんの「けんぽう手習い塾」の中から、学んでみました。


第56回 「憲法の観点から考える自国の防衛」 http://www.magazine9.jp/article/juku/7157/

第57回 「武力による防衛(1)」 http://www.magazine9.jp/article/juku/7154/

第58回 「武力による防衛2(文民統制について) http://www.magazine9.jp/article/juku/7151/

(最近自衛隊制服組と呼ばれる側が、政権の意向を反影してか、文民統制をはずす危険な動きを強めています)


前回の投稿でも書きましたが、憲法の前文をしっかり読み込んで、理念とその実現のための具体的な努力の方向性を議論することが重要だと考えさせられました。


by karuizawa9 | 2016-03-06 08:17 | 会員投稿 | Comments(4)

国会の議論を聞いていると、野党側からの質問に対して安倍首相の答弁がかみ合っていない事にイライラしている人が多いだろうと思われます。かみ合っていないばかりでなく、質問の内容について答弁を拒否したり、時には質問する事自体をも非難することがあります。国民に直接選ばれた議員によって構成される「国権の最高機関」である国会より、「行政の長たる首相」の方が上位にあると錯覚しているように思われます。国会の機能を停止し、内閣に立法権を与える「緊急事態条項」を先取りした振る舞いと言えるでしょう。
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前回の投稿 6月25日の続きを書きます。

「だれの子どもも殺させない」という安保法制反対の思いと、「愛する人を守りたい」という安保法制推進の思いは、意外と近いのではないかと述べました。賛否両極から発せられたメッセージが、近いはずはないと思われる方が多いでしょう。状況の変化次第では、人の思いはこの両極の間を揺れ動くのではないかと感じています。思いだけではなく、両側の論理の展開ではどうなるでしょうか。


安保法制推進側は「殺し殺される戦争」を抑止するために、充分な軍事力が必要だと言います。現実に世界のあちらこちらで戦争が起きている状況の中で、多くの国、多くの国民がそのように考えています。集団的自衛権は国外での戦争を想定するものですので、純粋な抑止力論を超えるものですが、安保法制反対側にも、「新9条」論に見られるような憲法上の自衛力公認を求める人々もいます。ファシズムの軍事的侵攻に対し、レジスタンスやパルチザンは武器を取って抵抗しました。最初に立憲主義をとった国、アメリカ合衆国では、個人や州単位での武装が、抵抗権との関係で論議されているように思います。日本国憲法には抵抗権の規定はありませんので、国民が考え、議論しなければならないでしょう。


「愛する人を守りたい」から武装すると言うのは、軍人・兵隊側の思いです。守られる側から見ると、自分のために「愛する人」は戦って死ぬことになります。この矛盾は過去から続いて来た「男の論理」そのものかもしれません。安保法制反対側に女性が多いのも頷けます。日本国憲法第9条はぶっきらぼうと言えるほど簡単明快に「戦争放棄」を定めています。どうすれば「愛する人を守る」事が出来るのかを語っていません。その具体的な理念と方向性は「憲法前文」にあるのでしょう。前文の4つの段落のうち、3つは「日本国民は」で始まり、1つは「われらは」で始まります。主語は全て「国民」です。最初の2つの段落が「日本国は」「我が国は」で始まる自民党改憲草案前文とでは、立脚点も内容もまるで違います。憲法前文を比較検証し、我々はどのようにして人を守るのか、国際関係のなかでどう振る舞うのかが、9条の議論の具体的な内容になるのではないでしょうか。


一見、反対側に立つと見える人々の思いを認めて、それをどうすれば達成できるのか、良い結果を導けるのかという論理を作って行くことが、かみ合う言葉の関係を築くにいたる道ではないでしょうか。


by karuizawa9 | 2016-02-28 08:53 | 会員投稿 | Comments(0)

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 野党5党による合意が実現しましたね。これからは野党の統一候補を夏の参議院選で国会に送るために全力をあげるために打って出ましょう。

 海外で戦争をしない、させない、自公、おおさか維新での改憲を許さない、憲法9条を守るために。2000万人署名多いに取り組みましょう。

 沖縄普天間基地建設ストップ、東日本大震災、福島原発事故からまもなく5年ですが映像で見る限り復興が進んでいません。原発再開を許さない、生活に直結する消費税増税ストップなど多いに声を上げましょう。引き続き「アベ政治を許さない(3日)」「19日を忘れない」行動を毎月行っています。

 写真は、昨年10月、真田三大ウォーク途中で撮影した9条の看板です。(上田市真田にて)
軽井沢でもどこか目立つ所に取り付けたいですね。

by karuizawa9 | 2016-02-25 20:13 | 会員投稿 | Comments(0)